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【1942年 南太平洋海戦】 米空母の撃破。しかし失ったモノは大きく…。

公開日: : 主要海戦・作戦

戦術的な勝利は得るものの失ったものは大きく・・・

南太平洋海戦

南太平洋海戦

 

●概要

1942年(昭和17年)10月26日にソロモン海域で行われた海戦で、『ソロモン諸島の戦い』の中の数ある海戦のひとつ。アメリカ軍側の呼称はサンタ・クルーズ諸島海戦(Battle of the Santa Cruz Islands)。

日米の空母機動部隊同士の海戦だが、両軍ともに航空戦に終始した。

日本軍は米空母1隻を撃沈、米空母1隻を大破させたが、日本空母2隻も大破・中破し、多数の航空機と搭乗員を失った。

 

 

●内容

8月の頭、第一次ソロモン海戦では日本軍は勝利したものの、肝心の輸送船団は島に到着出来ず、作戦は失敗した。

8月の末には第二次ソロモン海戦龍驤を失い、輸送船団の増援も阻まれ日本軍は敗北。

ガダルカナル島を巡り、その2ヶ月後の10月本海戦が勃発。

 

互いに空母機動部隊同士の海戦であったが、終始航空戦となった。

この戦いでアメリカ軍は空母「ホーネット」が沈没、「エンタープライズ」が大破し、太平洋戦線における米空母の稼働数が一時的に皆無となったため、米軍をして「史上最悪の海軍記念日」と言わしめた。

日本側はこの海戦において勝利を収めたが、宇垣纏が翔鶴艦長や瑞鳳艦長に「敵ばかりやっつけて味方が何の損害のないと云う事はあり得ない」と諌めた通り、大きな損害を出すこととなる。

空母「翔鶴」が大破、「瑞鳳」が小破、さらに出撃機の半数以上の艦載機(特に艦爆隊や艦攻隊の損害が大きかった)と150名近い開戦以来の熟練搭乗員を失った。

また本海戦の目的の一つとも言うべき日本陸軍部隊の支援についても結果的には失敗している。

 

 

●損害と海戦後

本海戦での損害を補うべく、これ以降教育部隊の教官を前線に出したり、飛行学生を卒業したばかりの士官を母艦に配属するなど、必死で穴埋めをする。

新任搭乗員が本海戦前母艦航空隊の技量になる時期を1943年6月以降と推測したが、その再建した航空兵力はい号作戦、ろ号作戦、ギルバート諸島沖航空戦、ギルバート・マーシャル諸島の戦い、トラック島空襲、マリアナ・パラオ諸島の戦いといった航空戦における大敗北で完全にすり潰され、終戦までその損害を補うことが出来なかった。

 

艦載機の損害

この戦いで日本海軍の艦載機部隊は、艦爆、艦攻隊を中心に大きな被害を出した。

出撃機数

翔鶴

第一次攻撃隊 零戦4、艦攻20
第二次攻撃隊 零戦5、艦爆19
直掩機 零戦10
偵察隊 艦攻 数機(早朝出撃)
全機未帰還(翔鶴被弾に因る、一部は瑞鶴、隼鷹に着艦)

瑞鳳

偵察隊 艦攻 数機
第一次攻撃隊 零戦9
全機未帰還(瑞鳳被弾に因る、一部は瑞鶴、隼鷹に着艦)

瑞鶴

第一次攻撃隊 零戦8 艦爆21
第二次攻撃隊 零戦4 艦攻16(帰還・再出撃機含)
第三次攻撃隊 零戦5、艦爆2、艦攻6(帰還・再出撃機含)

隼鷹

第一次攻撃隊 零戦12、艦爆17
第二次攻撃隊 零戦8、艦攻7(帰還・再出撃機含)
第三次攻撃隊 零戦6、艦爆4(帰還・再出撃機含)

帰還機数

一航戦(翔鶴、瑞鶴、瑞鳳)

第一次攻撃隊 20(このうち約半数が修理不能として海中投棄。3艦で62機出撃して瑞鶴、隼鷹に着艦できたもの)
第二次攻撃隊 20(これも半数以上が修理不能のため海中投棄。翔鶴、瑞鶴合わせて44機出撃)
第三次攻撃隊 13(未帰還機無)

二航戦(隼鷹)

第一次攻撃隊 18
第二次攻撃隊 8
第三次攻撃隊 10(未帰還機無)

総計

未帰還機数 零戦17、艦爆31、艦攻21、計69。
不時着 零戦7、艦爆9、艦攻7、計23。(海中投棄機数を除く)
喪失機数計 零戦24(39.3%) 艦爆40(63.4%) 艦攻28(58.3%)

※カッコ内の割合は延べ全出撃数(偵察・直掩機は除く)に対する喪失機数割合

戦死搭乗員 零戦17、艦爆62、艦攻66、計145名。

 

損害参照→南太平洋海戦 – Wikipedia http://p.tl/2x1c

 

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