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【1942年 珊瑚海海戦】 史上初の空母同士の対戦。日本海軍の快進撃にストップ…。

公開日: : 主要海戦・作戦

史上初の航空母艦同士の戦い。珊瑚海海戦。

珊瑚海海戦

珊瑚海海戦

●概要

1942年(昭和17年)5月8日、オーストラリア北東部の珊瑚海で、ポートモレスビー攻略(MO作戦)を目指し南下してきた日本海軍機動部隊と、連合軍(アメリカ海軍とオーストラリア海軍)機動部隊のあいだで行われた海戦。

史上初めて航空母艦同士が主力として戦った海戦である。また、この海戦は対抗する両艦隊が互いに相手の艦を視界内に入れないで行われた、歴史上最初の海戦でもある。

連合軍の損害が正規空母1隻沈没・1隻大破なのに対し日本海軍の損害は正規空母1隻大破・軽空母1隻沈没。

 

 

●内容

日本軍はオーストラリアをアメリカから遮断し孤立させる戦略構想(米豪遮断作戦)の一環としてポートモレスビー攻略を決める。この奇襲作戦がMO作戦

ニューギニア島は中央部を東西に山脈が走っているため、北岸からの陸路での攻略には困難が予想され、海路から攻略を行うこととなったのである。

概要の通り、MO作戦により南下する日本軍とそれを阻止すべく連合軍との間に起きた海戦が珊瑚海海戦であり、史上初の空母同士の戦いである。

 

海戦の結果としては、日本海軍が軽空母一隻を失ったのに対し、連合軍は正規空母一隻を失った。

戦術的には勝利と言える結果だったものの、多数の航空機と搭乗員を失ったため、当初の目的であるポートモレスビー攻略は断念されたため、戦略的にはアメリカ軍の勝利であったと言える。

この時、沈没した軽空母というのは「祥鳳」のことであり、彼女が珊瑚が苦手なのはこのため。

また、沈没こそしなかったものの中破~大破の大きな損害が出たのが翔鶴瑞鶴はスコールに隠れて無事だったため、幸運艦・不幸艦と呼ばれるきっかけとなった。

 

 

●影響

瑞鶴の1隻では不十分と判断し、断念されたMO作戦だが、この判断は戦略的大失敗であったとされる。

米軍第17任務部隊は戦力を喪失して戦場を去り、珊瑚海へ向かっていた第16任務部隊(空母エンタープライズ、ホーネット)にも真珠湾への退避命令が出ており、攻略部隊のポートモレスビー上陸を防ぐことができなかったからである。

この時ポートモレスビーが連合国の手に残ったことで日本海軍の根拠地・ラバウルは連合軍爆撃機の航続距離圏内に残ることとなり、今後の大きなハンデとなる。

 

また、この戦いの攻撃隊による「空母二隻撃沈」の報を十分に確認することなく、連合艦隊司令部に報告した。

実際には「ヨークタウン」は沈没まで至っておらず、大きな損傷だったものの不眠不休の突貫工事でミッドウェー海戦に参加。日本軍にとっては思わぬ伏兵となる結果になっており、敗因の一つとして挙げられている。

反対に日本軍はこの珊瑚海海戦の結果、「翔鶴」は損傷の修理、無傷の「瑞鶴」は航空隊の再編成のためミッドウェーに参加させなかった。

 

この両軍の対応の違いだけではなく、

インド洋作戦や本作戦で機動部隊の戦力を消耗した事、

インド洋での英艦隊に一方的な勝利、本作戦でも(第一・第二航空戦隊からは新米扱いされていた)五航戦の健闘などは、

南雲機動部隊の自信を過信に変えてしまったといえる。ミッドウェーでの取り返しのつかぬ敗戦の序曲となった…。

 

 

●参加兵力

MO機動部隊

第5戦隊 高木武雄少将
重巡:妙高、羽黒
第7駆逐隊
駆逐艦:曙、潮
第5航空戦隊 原忠一少将
空母:翔鶴、瑞鶴
第27駆逐隊
駆逐艦:有明、夕暮、白露、時雨
補給部隊
輸送艦:東邦丸
第6戦隊(5月7日夜、編入)
重巡:加古、古鷹

MO攻略部隊

第6戦隊 五藤存知少将
重巡:青葉、衣笠、加古、古鷹
空母:祥鳳
駆逐艦:漣

援護部隊

第18戦隊 丸茂邦則少将
軽巡:天龍、龍田
水偵機隊:神川丸、聖川丸
特設砲艦隊:日海丸、京城丸、勝泳丸
特設掃海艇2隻

ポートモレスビー攻略部隊

第6水雷戦隊 梶岡定道少将
軽巡:夕張
駆逐艦:追風、朝凪、睦月、弥生、望月
敷設艦:津軽
掃海艇:第20号掃海艇
輸送船:12隻

 

参加兵力参照→珊瑚海海戦 – Wikipedia http://p.tl/ToES

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