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図鑑No.21 金剛

公開日: : 最終更新日:2013/12/19 艦娘図鑑

艦これ 図鑑No.21 金剛

日本初の超弩級巡洋戦艦として発注した金剛型の1番艦。

2度の改装を経て高速戦艦へと改装され、太平洋戦争でも活躍した。

名前の由来は金剛山。

進水:1912年

全長:214,6m (2次改装時より219,4m)

全幅:28,0m (1次改装次より31,0m)

速力:27,5ノット (1次改装で26ノット、2次改装で30,3ノット)

CV:東山奈央

 

台詞等から見る史実

当時日本は初の国産戦艦である「薩摩型」と後に巡洋戦艦へ分類される装甲巡洋艦「鞍馬型」を建造中で、どちらの艦型も当時の常識では十分な性能だったが、1906年にイギリスが発表した「ドレッドノート」の登場により一気に旧式となった。

これが俗に言う「ドレッドノート・ショック」。ちなみにこのドレッドノート・ショックはイギリス自国も陥っており、当時最も優秀であった自国の主力艦群を全てまとめて旧式化してしまった。オチまでしっかりつけるあたりやはり紳士。

しかし、そのわずか3年後にはドレッドノートを凌ぐ超弩級戦艦(スーパードレッドノート)「オライオラン級」を起工し、大艦巨砲主義の幕開けを自らの手で行ったあたりさすが大英帝国。

ちなみに、「弩」級とは「ドレッドノート」の頭文字から取っていて、ドレッドノート級の意である。

 

 

この新時代に超弩級戦艦や巡洋戦艦の建造技術がなかったことに日本は焦りを覚え、イギリスの最先端技術を学ぶために、ヴィッカース社に発注。これによって建造されたのが「金剛」である。

艦これでの彼女の喋り方が外国人風のカタコトなのはこのため。

その後、「金剛」のデータをサンプルにして妹たちが建造された。

また、この金剛発注の際には「シーメンス事件」という賄賂発覚の大スキャンダルが起きている。

 

ヴィッカース社の設計に際しては、オスマン帝国海軍に輸出予定だった巡洋戦艦「エリン」を元に設計された。金剛型が高速なのは、元が巡洋戦艦の設計であったことが大きい。実際にワシントン軍縮条約(主砲の口径での戦艦分類)までは、金剛型の分類は一等巡洋艦。

 

 

その後、2度の近代化改修を受け、戦艦でありながらも最大速力30ノットの高速艦として最古参にして最高速というおかしな(?)立場の戦艦となった。

この速力と古い戦艦という使い勝手の良さから太平洋戦争開戦後は各地で引っ張りだこに。

古い戦艦であるからというのは、新しい戦艦をいきなり出撃させるのは出し惜しみされたりしたから。

また大和はその大食いから、長門は海軍の象徴であったことから実践投入するには渋られたことなどもあり、金剛型の出撃機会は多かった。

ちなみに、速力に関してだが、当時の米艦隊では重巡以下でしか追いつけない速力だったため、危機感を募らせた米軍が後に「アイオワ級」という最高速33ノットに16in主砲3基という化け物戦艦を生み出すきっかけとなった。

 

 

こうして太平洋戦争ではマレー、セイロン島、ミッドウェー、ガダルカナル島、マリアナ、レイテなどなど主要な海戦にほぼ全て参加。各地で活躍した。

有名なところではガダルカナル島攻略作戦。その高速を生かしてヘンダーソン飛行場に夜間砲撃を行い、飛行場を火の海に変えた。これにより1本の滑走路を使用不能にし、過半数の米航空機を破壊した。

2013年秋イベントでのE4ボスである飛行場「姫」はこのヘンダーソン飛行場がモデル。

 

1944年のレイテ沖海戦では、米空母ガンビア・ベイを撃沈している。

米空母を撃沈させた戦艦は世界で唯一この金剛のみ。

 

しかし、この戦闘が金剛の最後の戦闘となる。

このレイテ沖海戦の帰路で、米潜水艦「シーライオン」の雷撃を受け、2発被弾。

航行に支障もなかったため、乗組員の誰もが魚雷2本で沈むとは考えず楽観視してしまった。

しかし、艦齢30年を越える老朽化や荒れた天気のせいもあり、船体は徐々に浸水、破損箇所が広がって傾斜が増大した。

応急修理にあたるも手遅れであり、転覆・沈没した。

沈没直前には弾薬庫の大爆発が起きており、多くの乗員が犠牲となっている。

 

 

艦これでもそのルックスや喋り方などから人気が高く、戦艦で改二が最初に実装された艦娘デース。

「金剛提督」と呼ばれる金剛を愛してやまない有名な提督さんもいるほどデース。

みなさんもぜひ金剛を活躍させてほしいデース!

ちなみに、この「金剛」は一部連合国側では日本戦艦の最高殊勲艦として挙げられてるデース。

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