図鑑No.10 島風
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最終更新日:2013/12/16
艦娘図鑑
駆逐艦の最高峰を目指し、高速・強雷装の駆逐艦として建造された。
ゲームや本など「艦これ」の表紙を飾ることが多く、「艦これ」を代表する艦娘。
進水:1942年
全長:120,5m
全幅:11,2m
速力:40,37ノット
CV:佐倉綾音
台詞等から見る史実
元々、島風型駆逐艦は次世代の駆逐艦として16隻の建造が予定されていたが、時代は航空戦へと移行していたため、水雷戦の可能性の低さや生産コストから計画は破棄。
島風の1隻のみとなった。
姉妹艦がいないため、他の艦と隊列を組ませるとその速度差から衝突の危険があり、水雷戦隊所属後も駆逐隊へは編入されず、最後まで僚艦なしの「ぼっち」だった。
実はこの「島風」という名前、2代目である。
初代は峯風型駆逐艦の「島風」。初代島風は当初最速の40,7ノットの駆逐艦で、その名を継いでいる。
2代目「島風」である当艦もその名に恥じない性能を発揮。
速力は公試では40,9ノットを記録。これは魚雷艇を除いた艦艇の最高速度。
ただし、公試での状況は少し有利なものだったので(消耗品などの搭載量が少なかった)公式スペックは40,37ノット。これでも当時の駆逐艦が概ね35ノットだったことを考えるとハイスペック。
また、速度だけでなく兵装もすごい。
竣工時から22号電探の装備、魚雷装備も優れていて、零式5連装水上発射管は本型のために開発されたもの。
ちなみにこの性能の根幹となっている高温・高圧・四段式の新型タービンだが、それ以降の次世代駆逐艦には標準装備となる予定だったものであり、改秋月型などにも搭載予定だった。
そのためこのタービンは無理のない設計であり、事前に陽炎型の「天津風」にテスト搭載されている。
量産に向かなかったのはタービンではなく、タービン周り。こちらは島風自身の補修部品すら補給に困るほどだった。
島風が「タービン周りも整備したい!」と不満を漏らしているのはこのせい。
初陣はキスカ島撤退作戦。木村昌福少将の要望により投入された。
「長波」「五月雨」、第二十一駆逐隊と共に警戒部隊として出撃。
また、同作戦中の7/10に島風は第二水雷戦隊へ編入している。後のレイテ沖海戦で「能代」が沈没したため、能代に代わって第二水雷戦隊旗艦となり、司令官早川幹夫少将の将旗を掲げる。
最後は多号作戦。
この作戦では第三次輸送部隊へ編入される。
第三次部隊は低速で中古の輸送艦5隻を中心とした船団であり、早川少将は高速艦が護衛することに反論したが、「勅命」を持ち出され半ば強制的に参加することとなる。
輸送中にB-24に発見され戦闘に突入。
このときのB-24だが、本来はスールー海を進撃中の第一遊撃部隊を攻撃するための偵察中であり、そちらが見つからずに代わりにこの第三次輸送部隊を発見した。
早川少将は対空戦闘への突入に先駆けて、誘爆を防ぐため全魚雷を投棄、突撃を開始。
狭いオルモック湾内にも関わらず、その速力と的確な操艦で「島風」は魚雷や爆弾を全弾回避し続け奮闘する。
しかし、無数の至近弾や機銃掃射により船体を蜂の巣にされ浸水、航行不能となる。その様子は救助に駆けつけた朝霜が「見ただけで」断念するほどだったという。
最後は、過熱したボイラーが爆発を起こして艦体後部から沈むという壮絶な最後だった。
また同作戦では「長波」も沈んでいる。
長きに渡って同じ第二水雷戦隊に属し、3度の作戦を一緒に従事した「長波」は22時の時報ボイスで「島風、雪風と仲がいいかな」と言ってくれる。ぼっちじゃなかった(ノД`)
余談だが、彼女のえっちぃ下着(黒のTバックで紐パン)は、スタッフによると「Z旗のデザインをTバックを穿いたお尻に見立てた」から。大丈夫かスタッフ・・・
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