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図鑑No.78 初霜

公開日: : 最終更新日:2014/01/05 艦娘図鑑

艦これ 図鑑No.78 初霜

「初霜」は初春型駆逐艦の4番艦。

この名を持つ艦船としては神風型駆逐艦「初霜」に続いて2隻目。

進水:1933年

全長:109,5m

全幅:10,0m

速力:36,5ノット

CV:小林元子

 

台詞等から見る史実

本人が語っている通り、数々の激戦に参加しながらも終戦間際まで生存した数少ない駆逐艦。

戦いのたびに撃沈された艦の乗組員を多数救助してきた。

 

坊ノ岬沖海戦大和水上特攻作戦)においては、参加艦艇10隻中6隻が撃沈、2隻が中・大破という惨状の中、雪風とともに多数の生存者を救助、ほぼ無傷で生還している。

あの雪風ですら被弾1発(不発弾)、戦死3名、戦傷15名を出している猛攻撃の中、被弾なし、戦死なし、戦傷2名という非常に優れた結果を残した。

しかも戦闘により大和の通信設備が破損したため、初霜に通信代行の依頼があった。

初霜はこれを受諾、米軍の苛烈な攻撃の中心で大和に寄り添い送られる手旗・発光信号を各艦に伝達し続けたのである。

 

速力の劣る初春型でありながら、この激戦をほぼ無傷で切り抜けたのは乗員の錬度の高さによるところが大きい。

雪風同様、歴戦を生き抜いた熟練の乗組員を擁していたためか、対空射撃、回避行動において相当のレベルであったと雪風乗組員が記している。

 

 

生還後は雪風と組み、本土決戦に備えて防衛任務に就く。

しかし、停泊港であった宮津港が空襲を受けた際、沖に出て回避しようと雪風ともに出港した所、機雷に触れて大破してしまった。

雪風の図鑑も参照にしてほしいのだが、この機雷は回数機雷というもので、一定回数の接触により爆発する。この機雷に先に触れていたのが雪風であり、雪風の幸運エピソードとして語られることも多い。

徐々に沈み始めた為、艦長による「沈没させるよりは」との判断から強引に浅瀬に座礁させ、沈没を免れた。座礁した船体は戦後に解体された。

 

 

大和の元乗組員である吉田満氏によって書かれた有名作品『戦艦大和ノ最期』には、初霜が「救助艇にすがりつく生存者の手首を初霜乗員が軍刀で切り落とし、時に蹴って海中に突き落とした。」という蛮行を働いたという話が記されている。

だが、これは完全に事実無根。初霜乗員はもとより雪風や大和の乗員たちも明確に否定している。

出版当初から猛抗議があったのだが、著者は訂正をしないまま死去してしまったため、今でも戦争の残虐性を表すエピソードとして、真実であるかのように語られてしまうことがある。

彼女のMVP時の台詞「一隻でも一人でも、救えるなら私はそれで満足なの!」というのは、この風評被害に対する彼女の答えなのではないのだろうか。

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